オスロ・ウルティマ音楽祭2005.11.09

9月下旬より2週間程、ノルウェーの首都オスロで毎年開かれているオスロ・ウルティマ現代音楽フェスティバルに参加してきました。国交樹立100周年記念の年ということで、たくさんの日本人作曲家、演奏家が取り上げられ、鶴見の作品が主に演奏されたのは2晩ありました。メインの10月4日は初めての鶴見の個展でした。事情で委嘱新作<翁>は演奏されませんでしたが、委嘱者のサクソフォン奏者・ロルフ=エリックニストローム(POING)のプロデュースにより、<翁>による即興と、これまでの作品-<片手でピコピコ>(トラディショナルバージョン、モダンバージョン)、<羽衣><ササノハ><渚のバス><盆踊り>が演奏されました。10月7日は、来日公演もしたことのある「POING」(ポイング)のコンサートで、POING委嘱作品<鮓屋009>の再演、伊刀嘉紘監督とクロノイ・プロトイのコラボレーション作品<SEXTET>のウルティマバージョンの上映+生演奏がありました。かつこの晩鶴見は、POINGとそれ用に調達した、ストリングス(お人形のようなバイオリンの女の子3人)をバックに、演歌やおバカな民謡を歌うという、歌手デビューも果たしてしまいました。写真は7日の、POINGコンサートの模様。白のジャケットに赤のシャツ。

次に、ノルウェーでの生活と人々との会話を通じて感じた、住み良い暮らしについて。
学生時代から数年は海外遠征をとても楽しんでましたが、ここんとこ日本大好きっ子になってしまった私にとって、真剣にホームシックを懸念してましたが、まったく。江戸時代並の国全体の人口が500万人という、都会でも決して過密になることのない快適さも快適に思ったし、寒さの快適さも快適だったし、マーケットが小さいので商売商売してないこと(とはいえ、物は豊かだし、サービスもよいし、プロモーションに関してもこだわる。つまり、ただ儲けるためにむやみな商売をしない。質重視)、税金の高さと確実な保証、豊富な資源、EUに加盟してないだけあって、迷いがない、というのを感じたきがします。すべてがちょうどよくて普通でした。自然も都会も人も調和して美しかったです。買い物は、ネットバンクのカード払いが普通で、どんなに少額でさえ、たいていカードでキャッシュはほとんど見ません。いいコミュニティのモデルだと思いますが、これを資源が少なく混沌とした日本の環境にあてはめるのはそう簡単ではないだろうなと、なにを企んでるわけではありませんが、考えていました。

次に、その他オスロでの楽しい思い出。
ヨーロッパにいく楽しみの一つは、移民のみなさんによるおいしいレストラン。 高かったですけど、ある程度おごってもらったりしながら、タイ、ベトナム、インド、日本料理楽しみましたー。遂にノルウェー伝統料理というものには出会わなかった気が。昼食はたいていサンドイッチが主流ですが、ドトール並みのが一つ1000円くらいするので(半額でも高い)、ホテルの朝食時に昼の分も工作して出かけてました。日本料理で一番旨いのは、やはり「日本大使館」です(移民とはいいません、もちろん。念のため)。大使は女性で、とても素敵な方でした。お寿司は、シーフード大国だけあって、ネタは何の問題もありません。日本のお寿司だって、きっとノルウェー産の魚が多いだろうしね。

自分のコンサートが終わったあとは、ホテル代がでないため、後半は、POINGのコントラバスのホーコン邸へ。4人がルームシェアしているお部屋でしたが、なんとびっくりのすっばらしい演奏家ばっかりが住んでいて、リビングで会う度に驚き。みんな忙しいので顔を合わせることはあんまりないですが、朝早くか夜遅くに運良くであえればCNNのニュースを見ながら、政治や音楽やよも山話で盛り上がったりして、貴重な時間をいただきました。 ルームシェアといえば、リハーサル室も、複数の演奏家が広い場所をレンタルして使用していました。部室みたいな感じで。わたしも大抵そこを利用させてもらいました。ここでもなんとびっくりの演奏家がたくさん。日本でも、美術の人はアトリエを郊外でシェアしてますが、結構などまんなかなのでうらやましい限りです(オスロ中心部は狭いので、どこでもど真ん中です)。物価は日本の2倍ですが、住居に関しては日本より安いようです。

一日、POINGのアコーディオンのフローデ(4月に来日したハルトリ氏です)の新婚新居へ。オスロ市内とはいえ、山を2つくらい超えた、フィヨルド上にある、大きな小屋。ここはやばいです。フィヨルド上ですからね。そこは、海と、向こうの方にもフィヨルドの一端が見える、笑うしかない程のありえない絶景。真冬はどうするの?まさにキューブリックのシャイニング状態。夜、ノルウェーの伝統音楽演奏者と、音楽祭に参加していた伶楽舎の方などいろいろ呼んでパーティをしました。私は、日本食屋で買い物して、みそ汁とひじきの煮物をこさえました。ノルウェー料理は、というと、カニ。フローデの奥さんのマヤ(現代音楽作曲家でもあり、エレクトロニカ、ノイズのプレイヤーでもあり、歌手でもある、あの天才マヤ。)の実家からの直送。カニを食べる=卵をたべる、というくらい卵ばかりの旨いカニ。ノルウェー伝統音楽とフローデのセッション、雅楽を楽しみながらシャイニング状態。フローデの演奏以外の仕事は、薪割りです。暖炉にくべるんです。とにかく薪割りが上手い。マヤもマヤで、いい木を拾ってきたとかいって、車に木を一本積んで帰ってきます。なんというか、こんな幸せいいんでしょうか。写真は、フローデ薪割りの光景。

引っ越し、うちの野菜2005.7.24

古くてなって取り壊しになるため、6年住んだ愛しのひまわり荘ともお別れ。引っ越しました。今度は若宮荘。念願のお風呂付き(ピンク)、玄関付き。ひまわり荘は広かったので、荷物の量が強烈なのを改めて実感。今後はなるべく増えないよう対策を考えたい所。それにしても、地震で引っ越しがおじゃんにならなくてよかった。

茨城の実家近くでサクソフォン四重奏団「ストライク」のコンサートをするので、下見・取材にメンバーと共に茨城県坂東市へ。帰りに家へよって、広大な畑を散策し、ゴーヤ狩他、オクラ、じゃがいも、たまねぎ、とうもろこしなどを大盤振る舞い。わたしはほとんど畑にはタッチしてないので、オクラのなり方を初めてみて、メンバーと一緒に感動してしまう。左から、母、鈴木、江川、東、私。

ワークショップ2005.4.12

横浜市の港南台ひの養護学校と日限山小学校へ、アコーディオンのフローデ君とワークショップイベント。 率直に、養護学校最高エキサイティング!体力とか内臓とか大丈夫なのってくらい、ずーっと飛び跳ねまくってる子とか、叫びっぱなしの子とか、一見沈んでるんだけど、ほんとうは興奮している子とか、ダイレクトなリアクションで大盛り上がり。正直安心するこの雰囲気。養護学校で働きたいと真面目に思える。 小学校に移動後、校長室で給食。今日はカレー。校長先生は、生徒が食べる30分前に毒味として召し上がるという任務があるらしいのですが、我々も一緒させてもらいました。写真は、横浜牛乳と給食と共に。 テレビで見るほかの小学校の給食っておかずの種類が少ないなあと思ってたんだけど、ここもそんな気がする。多分一品少ない。わたしの地元が特に多いのかなあ。 日限山小学校では、和太鼓の演奏で歓迎され、生徒のみんなはハルトリ先生!と無邪気にかけよってきたり、フローデ君の決定的な魅力に引き込まれたようで大変いい感じ。とはいえ、短い時間の間を面白く進行するのは大変難しく、反省点が多々あり。また、みんなと音楽をしたり、素朴な音楽の喜びを伝えたりすることがとても好きだと改めて思う。機会をもって今後もこうした経験を積んでいきたい。

オンエア情報:
TVK12日18:00, 21:30
CATVひまわりネットワーク12日18:00, 15〜22日
NHK首都圏ネットワーク13日18:30

2005年を迎えて2005.1.17

今年の年明けは、人生初一人東京で迎えたのでした。いつしか東京の賑わうカウントダウンイベントに行って、夜中の電車に乗るのだという夢はあるものの、実家の近所に除夜の鐘つきと初詣にいくのが毎年の恒例家族イベントとなっているので、帰省するのが通常。といっても、夢をかなえたのではなく、年末は悶々と作曲に集中!するための東京滞在でした。大晦日にはココ一番の苦悩を迎え、0時を回り心機一転、するつもりはなかったけど、ここ目黒近所に一人初詣に向かいました。昼間の降雪のおかげで外は相当冷え込んでおり、だるまのように着込んで初詣に向かった子供の頃を思い出しました。思えば今年を除いて、温暖化のせいか除夜の気温も年々暖かくなっているように思います。目黒の寺社は初詣の参拝客で大変活気があり、どこでも賑やかなんだなあと気分も晴れやかになりました。冷えた空気を思いっきり深呼吸し、よい曲が書けますようにとか祈願しまくり、恒例の甘酒を飲んで帰宅。夜が明けてさらに新規一転実家に帰省することにし、氏神様にも参拝し、神だのみ&リフレッシュ効果で曲も一気に仕上げ。今年は大作ガンガン書きます。よろしく御願いします。写真は、8年振り(つまり○人式以来)に着た着物姿(1月9日太鼓橋にて)。友達に着せてもらいましたが、自力着衣が今年の目標。

一週間それだけの暮らし2004.11.03

もう半月たってしまったけれど、私が代表をつとめている「方法マシン」の初舞台【演算するからだ展】(10月16,17日 神奈川県民ホール、小ホール)を無事終え、今は来月12月5日の第1回定期公演に向けて、着々と準備中である。【演算するからだ展】では、本番5日前から、同じホールで舞台稽古や照明合わせ、作品の製作に費やすという、いつものコンサートではありえない贅沢な環境で本番を迎えることができた。この仕込み期間、本番については、様々反省はあるものの、疲れて近くのホテルに宿泊してしまうほど、まさに一つ目的だけの生活だけを送ったことは私にとって非日常であった。写真は、オルガンを複数人で演奏している模様。プログラムの本割ではピアノで演奏した、足立智美作曲「方法音楽第9番a&b」を、アンコールではオルガン用に変換したバージョンを演奏した。映っているのは5人の手だけれど、本当は7手。オルガン演奏したのは、生まれて初めての経験。リハーサル時にオルガンの先生が、打鍵の仕方から音色の作り方まで丁寧に教授してくださって、子供のようにみんな興奮して音色を決め練習した。

一週間それだけの暮らし2004.11.03

もう半月たってしまったけれど、私が代表をつとめている「方法マシン」の初舞台【演算するからだ展】(10月16,17日 神奈川県民ホール、小ホール)を無事終え、今は来月12月5日の第1回定期公演に向けて、着々と準備中である。【演算するからだ展】では、本番5日前から、同じホールで舞台稽古や照明合わせ、作品の製作に費やすという、いつものコンサートではありえない贅沢な環境で本番を迎えることができた。この仕込み期間、本番については、様々反省はあるものの、疲れて近くのホテルに宿泊してしまうほど、まさに一つ目的だけの生活だけを送ったことは私にとって非日常であった。写真は、オルガンを複数人で演奏している模様。プログラムの本割ではピアノで演奏した、足立智美作曲「方法音楽第9番a&b」を、アンコールではオルガン用に変換したバージョンを演奏した。映っているのは5人の手だけれど、本当は7手。オルガン演奏したのは、生まれて初めての経験。リハーサル時にオルガンの先生が、打鍵の仕方から音色の作り方まで丁寧に教授してくださって、子供のようにみんな興奮して音色を決め練習した。

チャンチキトルネエドとライブ2004.8.28

アサヒビール神奈川工場野外特設ステージにて、チャンチキトルネエドのライブを行いました。私は企画と、新作『ホテル・ラヴニール』を書かせていただきました。野外ステージの為、雨が心配されましたが、案の定、本番の時間が近付くにつれ、激しく雨が降って来ました。にもかかわらず、足柄のウッドストックともいえそうな500名ほどのお客様に恵まれ、傘や合羽を着こなして楽しく見物しました。ライブ後、山の向こうに見える足柄花火大会も予定通り行われ、夏の最後の素晴らしい思い出になったのでした。写真はリハーサルの様子。凄い景観です。

方法マシン始動2004.6.14

方法マシンなる,新たな演奏団体が発足しました.方法芸術的作品を通して,新たな体の使い方を追求・実践していきます.私はマシンメンバーの代表として,方法的身体を深めていくことになりました.マシンの旗揚げ公演は,10月16,17日「第11回神奈川国際芸術フェスティバル」.演目は,方法マシンの名付け親である中ザワヒデキ,三輪眞弘,松井茂,元・方法主義者の足立智美,そして多くの方法的作品を生み出しているトム・ジョンソンの作品です.マシン結成にあたって,メンバーを募集していますので,ふるって応募してください.わたしは,自らの演奏経験から抱いてきた問題点を,マシンの実践によって華開かせたいと思っています.写真は,中ザワヒデキ氏から,作品「金額」を解説していただいている風景(6.11@阿佐ヶ谷ギャラリー倉庫).
方法マシンURLmethod-machine.com

古い建物好き2004.5.6

数十メートル先は,お洒落な代官山.ここは廃虚や廃虚寸前の建物がうっそうと立ち並んでいます. 知人がその1アパートに住んでいるとのことで,お邪魔しました.私が住んでいる目黒のひまわり荘も古く味わい深いですが(ゆがんでいるので,玄関上部の三角の隙間からのぞけます),水平のゆがみ具合も,洗練された古さにおいても,まったく比べ物にならず.今迄,何度か古いアパートにお邪魔したことがありますが,ここ程ドキドキしたことはありませんでした.次はここかしら.電気代が全住人で折半というのがちょっと痛いけど.電気使いまくっていると,「急にメーターがあがってますけど」と注意されるそうです.写真上は,窓から見た隣のアパート,下はトイレ.

縞縞完成2004.2.4

3月20日に開催される東京混声合唱団 第194回定期演奏会の委嘱作品「縞縞(しましま)」は,詩人の松井茂さんに新作を書き下ろしていただきました.久々に作曲だけに没頭する日々を送りました.ようやく作品は完成.力の入った年明けとなりました.年末年始にかけて,たて続けにチョコボールの銀のエンジェルが2つも当たってしまい,運を使い果たしたかと心配しましたが,そんなこともなく,今年もはりきっていきたいと思います.

・2004夜明け(茨城)

醸鹿コラボ 第一弾2003.10.3

11月29日に行われるJust Composed 2003 in Yokohama〜現代作曲家シリーズ〜の委嘱作品「醸鹿(かもしか)」は,振付家の山田うんさんとのコラボレーション作品です.今日は,曲の第一稿のデモ演奏と合わせてみました.本番の演奏は,中川賢一さん(ピアノ),木ノ脇道元さん(フルート),野口千代光さん(ヴァイオリン)ですが,私でも弾ける程度にピアノアレンジしたものを,うんさんに聴いてもらい,よれよれデモ演奏でイメージを膨らませてもらったのが,今日までの段階.来週,本番の編成で録音をし,そこからさらに推敲を重ねていきます.曲は,組曲のようにいくつかの部分に分かれ,その順番や,イメージの構成など共に模索しながら全体を仕上げていきます.(写真は山田うんさん)

ゴーヤ狩2003.9.6

久々に実家に戻り,ゴーヤを狩りました.今年は冷夏のため,いつもより実の成る時期が遅い. ゴーヤができると,食卓はゴーヤの天こもり.東京に戻って来てからも,ゴーヤジュースなど, 強烈にゴーヤばかりを食べ,お肌が白くなりました.(あ,実家は茨城です.茨城でもゴーヤはできます.)

映画の撮影2003.6.12

7月27日のクロノイ・プロトイ公演は(詳細),詳しくはお話できませんが,簡単にいうと生演奏付きの映画が在る内容です.このプロジェクトは全5回あり,回を重ねるごとに,全貌が明かされて行きます.7月は記念すべき第1回目.先週,それに使う撮影が行われました.場所は,2年前に私が「はどバス」というイベントをした茨城県守谷市にある「かやの木」.2年振りのかやの木は変わることなく美しい自然に囲まれ,久々に空気と草のみずみずしさと土の臭いに触れました.

▼撮影風景@茨城県かやの木(2003.6.8)

伊刀嘉紘監督,手前は平山佳子

ポイング上陸2003.5.11

5月15日から始まる,POING in JAPANのメンバーが昨日来日しました.会ってまず驚いたのは,コントラバスのホーコンのマイ椅子持参.大きなコントラバス用イスを袋に入れるのでもなく,まる裸のままで,機内預かりのSecurityシールが直に貼られていました.どこでもこれじゃないと演奏したくないという,こだわりの逸品のようです.到着後は,スケジュールの確認と,渋谷散策.職場の紀ノ国屋を案内したら,甘酒や干し椎茸,山椒七味,海苔などの日本食を買込んでいました.

今日からは,みっちりリハーサル.公演はわたしの新曲「鮓屋 009」の初演もあります.皆さんのお越しをおまちしております.お楽しみに.

▼リハーサル後@住吉駅前(2003.5.12)

左から:
アコーディオン/フローデ・ハルトリ
コントラバス/ホーコン・テリン
サックス/ロルフ=エリック・ニィストローム

追悼,スイスエアー(のグラス).2003.3.29

最近,お気に入りのガラス器を2つ割ってしまいました. 一つは,目黒の家具屋でかった,背の高い花瓶.水を取り替えている時, その不安定さからひっくり返って破損.もう一つは,スイスエアーに乗った時にもらってきたグラス.茶箪笥から急須をとった際,手許がすべって下の段にあったグラスへ直撃. 私は,飛行機や電車の食器がとても好きで,気に入ったらくすねるか,もらってきます. その中でも,スイスエアーのは大のお気に入り.ペアでもらってきたので,一つは無事なのがまだ救い.スイスエアーは,食事もおいしいし,スッチーもよし.今後,乗る予定のある人は,是非グラスをお土産に(もれなく無料)!いくつでもwelcomeです.

▼プロペラの小型機だったけど,乗り心地は快適.
スイスエアー.(2002.10.30チューリッヒ空港)
swissair

2003.3.22
▼戦闘,いや銭湯は今月いっぱい.

わたしのお家,ひまわり荘にはお風呂がないので,銭湯に通っています. 最寄りの旭湯が今月(3月)一杯で終わってしまいます.もう一つ近くにあるので,お風呂の心配はありませんが,イベント魂が沸々と沸きがります.建物は壊すらしいですが,当面は残すと番台のおばちゃんがいっていました.とくに何のイベントも予定してないそうです.「わ,わたし音楽家なんですけど,何かやらせて下さいっ!(爆走)」という勇気もなく,「残念ですねー.あと一週間よろしく御願いします.」と静かに今日は去ることにしました.どうにもならないかもしれませんが,銭湯イベントに興味のある方は是非御一報ください.特別古めかしいというわけでもない,普通の銭湯です.かえってローカル感あります.

→旭湯情報
目黒区下目黒2-16-13 tel: 03-3710-4266